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<nowiki>'''浅草駅'''(あさくさえき)は、[[東京都]][[台東区]]にある、[[東京地下鉄]](東京メトロ)・[[東武鉄道]]・[[東京都交通局]]([[都営地下鉄]])の[[鉄道駅|駅]]である。
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'''浅草駅'''(あさくさえき)は、[[東京都]][[台東区]]にある、[[東京地下鉄]](東京メトロ)・[[東武鉄道]]・[[東京都交通局]]([[都営地下鉄]])の[[鉄道駅|駅]]である。
  
 
所在地は東京メトロが[[浅草]]一丁目、東武鉄道が[[花川戸]]一丁目、都営地下鉄が[[駒形]]一丁目である。
 
所在地は東京メトロが[[浅草]]一丁目、東武鉄道が[[花川戸]]一丁目、都営地下鉄が[[駒形]]一丁目である。

2020年1月17日 (金) 21:57時点における最新版

浅草駅(あさくさえき)は、東京都台東区にある、東京地下鉄(東京メトロ)・東武鉄道東京都交通局都営地下鉄)のである。

所在地は東京メトロが浅草一丁目、東武鉄道が花川戸一丁目、都営地下鉄が駒形一丁目である。

なお、同じ駅名である首都圏新都市鉄道つくばエクスプレスの浅草駅は約600m(徒歩で8分程度)の距離の、浅草寺を挟んで反対側の国際通り地下にあり、接続駅・乗換駅扱いとなっていない。詳細は浅草駅 (首都圏新都市鉄道)を参照。

乗り入れ路線[編集]

東京メトロの銀座線、東武鉄道の伊勢崎線(旅客案内上では当該区間の愛称である「東武スカイツリーライン」が使われる)、都営地下鉄の浅草線が乗り入れ、接続駅となっている。銀座線と伊勢崎線は当駅が起点である。また、銀座線に「G 19」、伊勢崎線(東武スカイツリーライン)に「TS 01」、浅草線に「A 18」の駅番号が設定されている。

歴史[編集]

  • 1927年昭和2年)12月30日 - 東京地下鉄道浅草駅が「東洋で最初の地下鉄」駅として開業。
  • 1931年(昭和6年)5月25日 - 東武鉄道の駅が浅草雷門駅として開業、乗換駅となる。
  • 1941年(昭和16年)9月1日 - 東京地下鉄道、帝都高速度交通営団(営団地下鉄)に路線を譲渡。
  • 1945年(昭和20年)10月1日 - 東武鉄道の駅が浅草駅に改称。
  • 1954年(昭和29年)7月19日 - 東武浅草駅に同社初の機械式自動券売機を設置。
  • 1957年(昭和32年) - 東武浅草駅5番線ホームを増設。
  • 1960年(昭和35年)12月4日 - 都営地下鉄1号線の駅が開業。
  • 1974年(昭和49年)3月頃 - 東武浅草駅ビルの外観をアルミ製のカバー材で覆う改修工事を実施。
  • 1978年(昭和53年)7月1日 - 都営地下鉄1号線が浅草線に改称。
  • 1991年平成3年)頃 - 東武浅草駅に発車メロディを導入。
  • 1997年(平成9年) - 「関東の駅百選」に選定。選定理由は「浅草寺を考慮し、浅草の土地柄に馴染んでいる仏閣デザインの地下鉄の長老駅」(営団地下鉄)、「昭和6年「浅草雷門駅」として開業、駅の上はデパート」(東武鉄道)。なお、都営地下鉄は対象外。
  • 2004年(平成16年)4月1日 - 営団地下鉄民営化により、銀座線の駅は東京メトロの駅となる。
  • 2007年(平成19年)3月18日 - 東武鉄道・東京メトロ・東京都交通局がICカードPASMO供用開始。
  • 2009年(平成21年)1月頃 - 東武浅草駅5番線ホームに柵を設置。
  • 2010年(平成22年)9月頃 - 東武浅草駅3番線ホームに柵を設置。
  • 2011年(平成23年)
  • 2012年(平成24年)
    • 5月18日 - 東武浅草駅の外観リニューアル工事が完了。
    • 10月30日 - 銀座線浅草駅に瀧廉太郎作曲「」を発車メロディとして導入[1]
    • 11月21日 - 東武浅草駅ビルに商業施設「EKIMISE」が開業。

駅構造[編集]

東京メトロ、東武鉄道、都営地下鉄の駅はそれぞれ別構内ではあるが、いずれも浅草地区東部の隅田川に近接する江戸通り前または地下に位置する。東京メトロと東武鉄道の間、東京メトロと都営地下鉄の間にはそれぞれ地下連絡通路がある。東武鉄道と都営地下鉄間の乗り換えは一度地上に出る必要がある。

東京メトロ[編集]

相対式ホーム2面2線を有する地下駅松屋浅草店の目の前の地下、吾妻橋の近くにある。

改札内コンコースとホームを連絡するエスカレーターエレベーターは設置されていないが、松屋・東武浅草駅寄り改札とホームを連絡する階段および1番線ホームと渋谷寄り改札口を連絡する階段には車椅子利用者向けの昇降機が設置されている[2]。また、改札外コンコースと雷門通り寄り出入口の間にはエスカレーターとエレベーターが設置されている[2]トイレは1番線ホーム上にあり、ユニバーサルデザインとしての多機能トイレも設置されているが、乳幼児・オストメイト対応設備はない[2]

2003年に発車標が設置された。それ以前は、改札口の正面に今度の電車がどこのホームから発車するかを矢印で示す電光表示板が設置されていた。

吾妻橋方面の4番出入口には、浅草観音に因んだ格好の屋根が設置され、通称「赤門」と呼ばれている。また、東武鉄道との連絡通路横には地下商店街があり、昭和時代の面影を残す店舗が並ぶ。

駒形橋方面の改札口は、1997年頃にレトロチックな内装にリニューアルされた。自動改札機も投入口付近がクリーム色に塗装されている。

2010年1月には、2番線ホーム中央から直接出られる改札口が新設された。これにより、浅草寺エリアへ段差なしで行けるようになった[3]

ホーム
番線 路線 行先
1・2 G 銀座線 上野日本橋銀座渋谷方面
  • 当駅よりさらに北へには、昭和30年代に3本の留置線が新設され、夜間留置が可能である。三社祭隅田川花火大会といった大規模な行事が開催される場合、混乱防止のため、1番線を乗車専用ホーム、2番線を降車専用ホームとしている。かつて、当駅から三ノ輪方面への延伸が計画されていたが、その際は本線として使用する予定だった。
  • 開業当初は、東武鉄道浅草駅が開業するまでの間、東武鉄道口は未完成だったため、ホーム端64m手前にA線とB線の間に木製の渡り板を敷設し、A線のみで折り返し運転を行っていた。[4]
  • ホームの構造上、1番線側のみが都営浅草線の連絡通路と結ばれている。また、2番線側は浅草寺方面改札口と直結している。上野駅の浅草方面行ホームや田原町 - 上野広小路間各駅の浅草方面行の時刻表と、浅草行列車内、1000系の行先表示器で当駅の到着番線が案内されているのは、このためである。
  • 当駅は鉄骨鉄筋コンクリート構造という、地下鉄としては珍しい構造をしている。これは、当時のベルリン地下鉄が同一の構造をしていたので、それにならったものであるとされている[5]

東武鉄道[編集]

概要[編集]

地上7階・地下1階の商業ビルの2階に位置する(建物については後掲「駅ビル」の項を参照)頭端式ホームの3面4線構造で、西側の1線は両側にホーム(4・5番線)がある[6]。切符売り場は1階にある[6]。トイレは北口1階改札内と南口2階改札外に設置されている[6]。南口2階改札外には多機能トイレとエレベーターも設置されている[6]。エスカレーターは南口正面に設置されている[6]

隅田川とほぼ平行した駅舎から、すぐに隅田川を直角に横断する隅田川橋梁を渡るという立地の制約上、入線可能な列車はほぼ6両に限定される(1番線のみ8両編成も入線可能)(詳細は後掲の「駅立地による制約」の項を参照のこと)。朝ラッシュ時に10両編成で運行される列車については、かつては曳舟駅で後部4両を解放したり、かつて存在していた業平橋駅地上ホームで折り返すことで対応していた。また、東京メトロ半蔵門線東急田園都市線直通と北千住以北の列車が10両編成のまま運転され、その他の10両編成の列車は北千住で下り側4両を解放し当駅との間を6両編成で運行していたが、2013年3月16日のダイヤ改正から区間急行が8両編成による当駅までの運転(1番線着)に変更されたため、北千住駅での開放作業は廃止された。

ホームは概ね以下の通りに使い分けられている(一部例外あり)。

ホーム
番線 路線 行先
1・2 東武スカイツリーライン とうきょうスカイツリー曳舟北千住東武動物公園
伊勢崎線 久喜日光線 南栗橋 東武宇都宮方面
区間急行・区間準急・普通)
3・4 特急専用ホーム
5 日光線 新栃木新鹿沼東武日光鬼怒川温泉方面
東武宇都宮方面
快速・区間快速(一部の区間急行))
  • 上記の路線名は旅客案内上の名称(「東武スカイツリーライン」は愛称)で表記している。
  • 当駅を発車する列車は特急・快速・区間快速を除くと浅草 - 北千住間を各駅に停車する列車しか運行されていないので、曳舟駅における田園都市線・半蔵門線からの急行・準急との接続を積極的に案内している。
  • 3・4番線ホームの入口はインフォメーションセンターを兼ねた有人の中間改札が設置されている。
  • 5番線ホームは、とうきょうスカイツリー側にある北改札口へ通じる階段が設置されていない[6]
  • 5番線ホームは乗車専用であり、到着列車の降車ホームは4番線ホームとなる。
  • 駅弁が販売されている。
  • 3・5番線ホームの北千住方面はホーム柵が設置されている[7]
  • 1990年代までは4・5番線からも一般列車が発車していたが、ドア扱いは4番線ホームのみであった。

駅ビル[編集]

地上7階・地下1階の建物は、鉄道省の初代建築課長であった建築家久野節が設立した久野建築事務所が設計、清水組により施工された。初めて利用する人でも迷うことがないように複雑な構造を避け、入口からホームまで一直線に結ぶ構造になっている。ホーム階である2階以外は松屋浅草店がテナントとして入り、浅草駅ビルは1931年(昭和6年)10月に関東では初となる本格的な百貨店併設のターミナルビルとして開業した。当初はオフィスビルとして設計されたが、建築中に松屋の入店が決まったという経緯があり、エスカレーターの配置などに無理が生じているのはその名残りである。

昭和初期を代表するアール・デコ様式による大規模建築物の一つであったが、1974年にアルミ製の外壁が取り付けられるなど、建物自体は竣工当時のままながら、建設当時の面影は失われていた。しかし、東武が手掛ける東京スカイツリー開業に伴い、当駅舎についても開業時の姿に復元すると同時に、待合室の新設・耐震補強工事の施行を含めたリニューアルが行われることになり、2012年5月に竣工。開業時のシンボルだった大時計も復活、2012年11月21日に浅草エキミセとしてリニューアルした(松屋浅草はエキミセ内テナントとして引き続き営業している)。

駅立地による制約[編集]

前述した、駅舎と駅を出てすぐに存在する橋梁の位置関係から、駅を出てすぐに半径100mの急カーブが存在し、ここは15km/hの速度制限がかかっている。カーブの途中に分岐器を設置することが不可能なため、橋梁上に両渡り分岐器が設置されている。ゆっくりと隅田川を渡る風景は当駅の一つの情緒ともなっているが、車輪とレールの摩擦音による騒音など、いくつかの問題も生じた。

しかし最大の問題は、この立地によりホーム先端が急カーブにかかっており、かつこれ以上のホーム延伸が不可能な点である。入線可能な列車は基本的に6両編成までに制限される。例外として、1番線のみ8両編成分の有効長があるが、8両編成の電車が入線する場合、入線部分のホーム幅が極度に狭く、転落事故や1・2番線ホームを発着する電車と乗客とが触車事故を起こす危険性があることから、1番線ホームに発着する8両編成の列車と2番線ホームに発着する6両編成の列車はとうきょうスカイツリー寄りの2両がドアカット扱いとなり[6]、その部分に柵が設置されている。ようやく2009年12月から4両編成2本併結の入線が可能になったが、当駅に入線する8両編成の列車はごくわずかとなっている。また、ホームが急カーブであるため、6両編成がほぼ直線上に停車できるのは1番線のみであり、2 - 5番線ホームのとうきょうスカイツリー方ではホームと車両との間に大きな隙間が生じる。このため、3 - 5番線に入線する特急・快速のとうきょうスカイツリー方の車両の乗降ドアには、転落防止のため駅員によって車両とホームに跨る可搬式の渡り板がかけられる。

また、これも急カーブで短編成の列車は信号機の見通しが利かないため、分岐器の手前にある正規の出発信号機に加えて、1番線ホームは6両編成、その他のホームは4両編成の先頭車停車位置(いずれもホームの途中)にも出発信号機を設けている。これは中継信号機的なもので、閉塞を区切る機能はない。

付記[編集]

  • 発車メロディは1・2番線が下り線標準メロディ、3 - 5番線が「PASSENGER」のフェードアウトバージョンである。以前は全ホームで「PASSENGER」のフルバージョンが使用されていた。
  • 発車標はかつてブラウン管式モニターを使用していたが、その後LED式に置き換えられた。正面改札口の先、2番線ホームの車止め裏側にもLED式発車標が設置されていたが、後にLCD式のものに交換されている。階段上部には液晶モニターが設置されており、すべての停車駅と接続列車が表示される。
  • 当駅は伊勢崎線の起点駅であるが、0キロポストは開業時の起点である北千住駅に設置されている。
  • リニューアル工事開始前の当駅正面入口及び駅ビル屋上の看板には「東武鉄道」ではなく「東武電車」と表記されていた[8]。かつて本線のPRや車内放送で「東武電車」の呼称を使用していた名残りである。「○○電車」という表記は、その鉄道会社の鉄道・鉄道事業で使われたいわばブランド名であり、現在近畿地方の鉄道会社で多く見受けられるが(「阪神電車[9]京阪電車[10]山陽電車[11]叡山電車[12]など)、関東地方では少数派で、2012年現在ブランド名的に使用しているのは「箱根登山電車[13]のみであり、「京成電車[14]新京成電車[15]などが限定的に使用されている程度である。

都営地下鉄[編集]

相対式ホーム2面2線を有する地下駅。銀座線の駅より2 - 3分程度歩く。

当初計画では浅草線は浅草を経由せず、駒形付近に駅を設置する予定だったが、ルート変更により東京メトロ銀座線の駅に近い位置に設置された。押上方面に向かうため、東武伊勢崎線、東京メトロ銀座線とはやや離れたところに駅がある。

ホーム全体がカーブ上に位置しているため、ドアとホームの間の隙間が広く開く場所がある。

改札内コンコースとホームの間にはエレベーターが設置されているが、エスカレーターは設置されていない[16]。エスカレーターはA4・A5出入口と改札外コンコースを連絡する通路の途中に設置されている[17]。そのA4・A5出入口前にあるエレベーターは直結するビル内にあるが、ビル入居者のみが利用するものであり、一般の客は利用できない。A2出入口と改札外コンコースの間には、一般の客も利用できるエレベーターが設置されている[17]

ホーム
番線 路線 行先
1 A 都営浅草線 西馬込京急線airplane.png羽田空港方面
2 A 都営浅草線 押上京成線北総線airplane.png成田空港方面


利用状況[編集]

2012年度の3社局の合計乗降人員は約21万人である。各社局とも前年度比+12%以上という高い伸びを記録している。

  • 東京メトロ - 2013年度の一日平均乗降人員100,236人である[* 1]
    乗降人員は2003年度まで減少傾向が続いていたが、その後は9万人前後で落ち着き、2012年度には再度10万人を越えた。
  • 東武鉄道 - 2012年度の一日平均乗降人員は61,117人である[* 2]。伊勢崎線の駅では第8位である。
    開業当初は、東武本線全線中最も乗降人員が多い駅であったが、1962年に地下鉄日比谷線との直通運転を開始すると、実質的なターミナルの座を北千住駅に譲った。また、2003年に地下鉄半蔵門線との直通運転を開始したことにより、2006年度以降はとうきょうスカイツリー駅(押上駅を含む)よりも下回った。このような背景から2011年度まで減少傾向が続いていたが、2012年度は一転して12,500人程度増加した。
  • 都営地下鉄 - 2012年度の一日平均乗降人員は48,401人乗車人員23,562人・降車人員24,839人)である[* 3]

年度別一日平均乗降人員[編集]

各年度の一日平均乗降人員は下表のとおり。

年度別一日平均乗降人員[* 4]
年度 地下鉄銀座線 都営地下鉄浅草線 東武伊勢崎線
1日平均
乗降人員
増加率 1日平均
乗降人員
増加率 1日平均
乗降人員
増加率
1991年(平成03年) [18] 110,247
1999年(平成11年) 100,056
2000年(平成12年) 98,085 -2.0%
2001年(平成13年) 95,523 -2.6% 78,123
2002年(平成14年) 93,940 -1.7% 42,370 74,788 -4.3%
2003年(平成15年) 90,415 -3.8% 41,797 -1.4% 68,482 -8.4%
2004年(平成16年) 92,939 2.8% 41,047 -1.8% 65,602 -4.2%
2005年(平成17年) 92,154 -0.8% 41,110 0.2% 62,194 -5.2%
2006年(平成18年) 92,243 0.1% 41,395 0.7% 58,781 -5.5%
2007年(平成19年) 90,362 -2.0% 43,009 3.9% 56,289 -4.2%
2008年(平成20年) 91,961 1.8% 44,018 2.3% 54,414 -3.3%
2009年(平成21年) 90,726 -1.3% 43,465 -1.3% 51,578 -5.2%
2010年(平成22年) 92,442 1.9% 44,553 2.5% 50,812 -1.5%
2011年(平成23年) 90,967 -1.6% 43,001 -3.5% 48,569 -4.4%
2012年(平成24年) 103,019 13.2% 48,401 12.6% 61,117 25.8%

年度別一日平均乗車人員(1927年 - 1935年)[編集]

各年度の一日平均乗車人員は下表のとおり。

年度別一日平均乗車人員[* 5]
年度 東京地下鉄道 東武鉄道
1927年(昭和02年) [備考 1] 未開業
1928年(昭和03年) 8,764
1929年(昭和04年) 7,268
1930年(昭和05年) 8,664
1931年(昭和06年) 9,534 10,255
1932年(昭和07年) 12,086 9,662
1933年(昭和08年) 12,019 9,979
1934年(昭和09年) 13,235 9,768
1935年(昭和10年) 14,196 9,410

年度別一日平均乗車人員(1956年 - 2000年)[編集]

年度別一日平均乗車人員[* 6]
年度 営団 都営地下鉄 東武鉄道
1956年(昭和31年) 32,000 未開業 4,382
1957年(昭和32年) 31,969 [19] 29,948
1958年(昭和33年) 32,817 [19] 30,978
1959年(昭和34年) 36,349 32,438
1960年(昭和35年) 36,929 [備考 2] 1,682 34,492
1961年(昭和36年) 35,403 1,932 37,825
1962年(昭和37年) 39,512 2,515 36,517
1963年(昭和38年) 36,424 4,432 34,386
1964年(昭和39年) 39,629 6,569 35,622
1965年(昭和40年) 39,914 7,761 35,540
1966年(昭和41年) 36,219 8,939 35,183
1967年(昭和42年) 36,695 9,674 36,451
1968年(昭和43年) 39,249 11,621 38,221
1969年(昭和44年) 41,198 14,007 39,885
1970年(昭和45年) 41,468 15,417 40,734
1971年(昭和46年) 41,437 16,180 40,169
1972年(昭和47年) 42,668 17,025 40,638
1973年(昭和48年) 42,499 17,449 41,849
1974年(昭和49年) 42,770 17,479 42,518
1975年(昭和50年) 41,989 17,533 42,705
1976年(昭和51年) 41,564 17,677 41,595
1977年(昭和52年) 41,737 17,945 42,816
1978年(昭和53年) 40,923 17,827 43,608
1979年(昭和54年) 40,981 17,678 44,224
1980年(昭和55年) 42,027 18,356 45,310
1981年(昭和56年) 42,616 18,222 46,156
1982年(昭和57年) 42,910 18,110 46,578
1983年(昭和58年) 43,000 18,085 46,642
1984年(昭和59年) 42,912 18,414 47,167
1985年(昭和60年) 44,438 18,773 47,773
1986年(昭和61年) 46,507 20,003 49,973
1987年(昭和62年) 47,158 20,989 51,541
1988年(昭和63年) 49,077 21,995 53,329
1989年(平成元年) 51,036 23,181 54,805
1990年(平成02年) 54,890 24,479 58,003
1991年(平成03年) 55,943 26,918 59,689
1992年(平成04年) 56,353 22,389 58,819
1993年(平成05年) 55,337 28,192 57,822
1994年(平成06年) 53,405 27,490 56,236
1995年(平成07年) 52,470 26,396 54,664
1996年(平成08年) 52,830 26,058 53,022
1997年(平成09年) 51,482 23,940 49,332
1998年(平成10年) 50,301 23,545 46,507
1999年(平成11年) 48,798 23,295 44,495
2000年(平成12年) 47,882 23,101 43,142

年度別一日平均乗車人員(2001年以降)[編集]

年度別一日平均乗車人員[* 6]
年度 営団 / 東京メトロ 都営地下鉄 東武鉄道
2001年(平成13年) 47,304 22,581 41,816
2002年(平成14年) 46,205 22,392 39,773
2003年(平成15年) 44,516 22,164 36,230
2004年(平成16年) 43,822 21,553 34,395
2005年(平成17年) 44,310 21,564 32,282
2006年(平成18年) 44,438 21,710 30,077
2007年(平成19年) 44,678 22,088 28,967
2008年(平成20年) 45,058 22,423 28,088
2009年(平成21年) 44,400 21,870 26,603
2010年(平成22年) 45,570 22,269 26,175
2011年(平成23年) 44,418 21,279 24,680
2012年(平成24年) 23,562
備考
  1. 1927年12月30日開業。
  2. 1960年12月4日開業。開業日から1961年3月31日までの計118日間を集計したデータ。
利用状況の出典
  1. 各駅の乗降人員ランキング - 東京メトロ
  2. 駅情報(乗降人員) - 東武鉄道
  3. 各駅乗降人員一覧 - 東京都交通局
  4. 各種報告書 - 関東交通広告協議会
  5. 東京府統計書 - 国立国会図書館(デジタル化資料)
  6. 6.0 6.1 東京都統計年鑑

駅周辺[編集]

浅草寺をはじめとする観光地や、浅草公園六区といわれる興行街がある。また、隅田川沿いにある隅田公園の最寄り駅でもあり、墨田区役所アサヒビール本社のあるリバーピア吾妻橋吾妻橋の対岸にある。北部には山谷や、風俗街の吉原などがある。

名勝・神社仏閣・観光施設など[編集]

  • 浅草寺 - 駅の北西側に立地。雷門は当地区の象徴の一つとなっている。
    • 仲見世通り - 門前街の名称。
    • 浅草神社 - 浅草寺境内に立地。
  • 隅田川
    • 吾妻橋 - 東武と銀座線の駅前、隅田川に架かる橋。
    • 駒形橋 - 都営浅草線の駅前、隅田川に架かる橋。
  • 浅草公園六区(浅草六区)
  • 浅草花やしき
    • 花やしき通
  • 伝法院通

公共施設[編集]

商業施設[編集]

郵便局・金融機関[編集]

かつて存在した主な施設等[編集]

バス路線[編集]

当駅の場合、古くからの歓楽街ということもあり、いわゆるバスターミナルは設けられていないが、後述の路線バスが最寄りの「東武浅草駅」停留所に乗り入れる。また、最寄りではないが、浅草雷門停留所と浅草雷門南停留所がバスターミナルの機能も果たしており、東武線の駅からは離れるが、銀座線と都営浅草線からは最寄りとなる。実質、これらを合わせて浅草駅のバスターミナルと考えることができる。以下の各停留所に以下の路線が乗り入れ、主に東京都交通局(都営)により運行されている。

当駅最寄りのバス停のうち、「浅草松屋前」という名称は、2007年4月1日に「東武浅草駅前」に改称された。

それぞれのバス停留所は名称ごとに記載するが、乗り場は方向・系統により異なる場合がある。

東武浅草駅前[編集]

浅草松屋西[編集]

水上バス前・雷門[編集]

  • パンダバス 浅草ライン:浅草ROX前行(セグラスツーリズムエージェンシー)

浅草雷門[編集]

雷門一丁目[編集]

  • 草63:荒川区役所・西日暮里駅・巣鴨駅経由 池袋駅東口行(乗車専用)(都営)
  • 草43:浅草雷門行(都営)

浅草雷門南[編集]

  • 草64:浅草警察署・新三河島駅・王子駅経由 池袋駅東口・とげぬき地蔵行(都営)

浅草駅前[編集]

浅草駅[編集]

雷門前[編集]

  • 台東区コミュニティバス「めぐりん」(日立自動車交通)
    • 東西めぐりん:新御徒町駅・台東区役所方面
  • 秋葉02・03(日立自動車交通)
    • AKIBA SHUTTLE:秋葉原駅中央口行き

都営浅草駅[編集]

  • 台東区コミュニティバス「めぐりん」(日立自動車交通)
    • 東西めぐりん:新御徒町駅・台東区役所方面

(以下は降車専用)

浅草花川戸(浅草寺東参道)[編集]

  • スカイホップバス(浅草・東京スカイツリーコース)東京駅丸ノ内三菱ビル方面(日の丸自動車興業

水上バス[編集]

駅のすぐ東側の隅田川河岸から、東京都観光汽船東京都公園協会による水上バスが発着している。

隣の駅[編集]

東京地下鉄
G 銀座線
田原町駅 (G 18) - 浅草駅 (G 19)
東武鉄道
東武スカイツリーライン
快速・区間快速・区間急行・区間準急・普通
浅草駅 (TS 01) - とうきょうスカイツリー駅 (TS 02)
1931年 - 1943年には、浅草(当時の浅草雷門) - とうきょうスカイツリー(当時の業平橋)間に隅田公園駅が存在していた。
東京都交通局
A 都営浅草線
エアポート快特
東日本橋駅 (A 15) - 浅草駅 (A 18) - 押上駅 (A 20)
エアポート快特以外の列車種別
蔵前駅 (A 17) - 浅草駅 (A 18) - 本所吾妻橋駅 (A 19)

脚注[編集]

注釈[編集]


備考[編集]


関連項目[編集]

外部リンク[編集]